若い女性

どうです?この直接的なタイトル。1976年の雑誌です。しつこく田舎散策を続けている日々ですが、おばあちゃんちのミシン部屋で見つけました。60年代の装苑や、主婦の友などといっしょにごそごそ出て来ました、昔の雑誌が。そのなかで、飛び抜けてタイトルがナウかったので、ちょっとのせました。

昔の雑誌で何がおもしろいかっていったら、やっぱり言葉でしょうか。特に80年代の雑誌をのぞいてみると、すべての女の子の名前の後ろに「クン」とついているのが非常に気になりました。「カップルのあつあつレポート」とか「ファッション欲張りギャル」とか、非常にトキメキ度の高いフレーズのオンパレードです。

逆に70年代だと、言葉の丁寧さ、ぎこちなさが目立ちます。「ワキガのあなた、こちらのクリームをお使いいただければ、たいていの場合、あの悪臭だけは人に気付かれずにすみます。」みたいな。もう真っ正面です、なんか。実は超失礼なんだけど、丁寧さでセーフという状態。

今の雑誌もきっと一瞬で昔の物になってしまうけれど、雑誌は取っておくべきだな〜と思いました。興味深いタイムカプセルです。言語はともかく、服自体はまた流行が巡ってきてる物もすごく多くて、なんだ、結局なんにも捨てられないじゃないか。

通学路

晴れた日に、運動と用事を兼ねて徒歩30分くらいの郵便局へ。それは同時に、私が通っていた小学校への通学路を歩くということでもあります。

この通学路は、行きはすべて下り坂、帰りはすべて上り坂になっており、中学校へ行く時分には自転車を要するのですが、行きは車輪が転がるままに10分。帰りは死ぬ程つらい登りの50分というアンバランスな構成となっておりました。夏場は木陰で何度か小休止して水分補給しないと、死ぬ。水筒を忘れたら、その日は砂漠で迷ったアラブの商人のような気持ちで帰宅しておりました。

大人になった私は今回、徒歩時代の小学校通学路を歩いたのですが、ひとつ決定的に違う事がありました。それは、他人の目を気にするという事です。小学生というのは、きれいに整備されている道路を歩くのは嫌いです。道なき道を行くことを選びます。「今日は全部用水路の中を歩いて帰る」「今日は丘という丘に絶対登って帰る」「見つけたつくしを全部取って帰る」「葉っぱに鼻くそをつけて帰る」というオリジナル条例を自分の中で出すのです。

ただ大人になると、それをしながら帰るという事は「不審者がいる」という村人からの通報、というリスクが伴います。思い出を振り返るイノセントな散歩をしていました、では済まされないのが大人です。

だから結局私は初めて、整備された通学路を歩いた気がしました。緑でいっぱいの土手を歩きたい欲望を抑えて、大人の自制心をフル回転させた散歩でありました。

会田さんの本。

この全体的に衝撃的な装丁の本。現代美術家の会田誠さんが著者です。この絵ももちろん会田さんの「滝の絵」という絵です。装丁は、やはり鈴木成一さんでした。買わせるデザインです。最近、大阪のデパートで、普段あまり行かないコーナーに引き寄せられ、まんまと見つけてしまい、まんまと購入しました。

私が会田さんを知ったのは18のとき。それからずっとふんわり好きでしたが、大学の同じ専攻の、あまりウマの合わない男子が熱狂的に会田さんを好きだったので、大きな声では言えませんでした。私はこの方の書く文章が好きです。最高に陳腐な言葉を使って申し訳ないですが、「共感できるうえに、ショックも与えてくれる」感じです。あ〜。私のミジンコサイズの脳みそではまったくうまく言えないですけど。

ちなみに今回この本で、最高におもしろかったのが「この国の女どもは「アメリカの最低ランクの売春婦」を模倣しようとしている。」というフレーズでした。髪を金髪に染めて、露出の多い格好をした女子高生を見ての言葉だったみたいです。腹を抱えて笑いました。

ケータイを。

5年間くらい持っていたケータイを、替えました。

オンボロケータイを携え、最新機種を指差した私に向かって、店員さんは、「この機種はプロ使用ですので、中には使いこなせないお客様もいらっしゃいます。」といって、どうにかこの最新機種にするのを阻止しようとしていた。そもそもプロ使用ってなんだい?何かのプロになれるなら、私これ使いたいです。

店員さんの言いたい事を通訳すると多分「そんな紀元前のケータイ使ってたやつがこれ使える訳ないでしょ?」みたいな感じだったと思う。でも、指差しといた私自身が不安なんだから他人はもっと「知らねーぞ」って思うだろう。

しかも、料金プランの設定のときに「お客様の場合、ほとんどお使いでなかったので、一番安いプランでいいかと思います。」と。還暦過ぎてたら、「うん、そうだよ」っていえたかもしれないけど、一応まだ20代だったので目をそらしそうになりました。どうして私は道頓堀のケイタイ屋さんを選んでしまったのだろう。周囲にサングラスをしたイケイケねーちゃんと、腰パンズルズル男しかいないような場所で。

そうやって、恥をさらして手に入れたこの手に収まるハイテク。今の所、使い方を全部姉に聞いています。

鳩子さん。

うちの父はマジシャンなので、鳩を飼っています。最近下痢で一羽他界しましたが、白いのが4羽います。我が家は、大自然サバイバル系の環境なので蛇が多く、今まで何羽か食われてしまいましたが、その度に、どこからか父が入手していつの間にか増えています。

よって、この「代わりのいる存在」として捉えられている鳩達は、なんだか見るたびに切ない気持ちに私をさせます。当然私達になつかず、私もイマイチ愛情が湧かず、たまにどこかに連れて行かれては父が喝采を浴びる為に羽ばたかされております。私は彼らに餌をやりに行くたびに「私が天空の城ラピュタのパズーのようなら、彼らは幸せだったのに」と、どうにもならない事を考えたりします。

そして最近やっと、蛇に食われたという教訓を生かして、鳩小屋を新調しました。しかし、これまた大工さんによる愛情たっぷりの鳩の木工細工が私達の愛情とはそぐわず、よりいっそうのわびしさを感じさせるのでした。

おひなさま

本日はひなまつり。このおひなさまは、なんと60年前のものです。歩いて数分のおばあちゃんの家のおひなさま。

3人の娘が全員家を出ようが、孫が東京にいようが、最初の娘が産まれてから60年間律儀に倉庫から出し入れしてきたおばあちゃん。今年は、出すのを手伝えました。

これ、大きそうに見えますが、実際めちゃんこミニマムです。おばあちゃんが正座をしてもてっぺんに届くくらい。よくわからない例えだったので、もう一度、全体の高さがだいたい80センチ、幅は60センチくらいです。かつ、60年前のものなので、相当風化の脅威にさらせれており、鼻はすべてねずみに食い散らかされ、頭ははげ散らかし、ふとした衝撃で首がもげ、弓矢さんなどの持ち物は、ほぼ闘えないレベルのものです。出す時はピンセットを用いなければ、くしゃみをしたら粉々というくらいの繊細さ。

おばあちゃんは、「顔が好きなん。」といっていますが、鼻がもげて髪がボサノバの彼らは結構ホラーです。でも、これからは私が大事にしていく心構えであります。

私の母からは、「娘が嫁入りができんくなるから、4日になったら早う仕舞ってや!!!」と強い口調で言われているおばあちゃんでした。私のせいでごめんなさい。おひなさまは悪くありません。

マオヨナ。

もうすぐです。フィギア女子の二人の出番。あと半時間後くらい。この写真は今日の朝日新聞の一面ですが、あんまりにも二人のポーズがさりげなくてかわいいので切り抜きました。

二人は、とても描きたくなる少女です。体のバランスとか、手足のキュッキュとした感じとか鼻がツンとした所とか。キムヨナちゃんは、メークもとても好き。アイラインが自分の可愛さや魅力を最大限引き出すラインのような気がしています。若いけれど、彼女はいい意味で、全然若くない。全部知ってる計算された妖婉さがあるように思う。

まおちゃんには、ショートプログラムで泣かされた。彼女を通して私の愛国心がゆらゆらと揺れる。彼女が滑る時は、緊張して見られないのだ。「転ばないで!」と心で叫ぶ。滑り終えて得点がでたときの屈託のない彼女の驚きの表情が、日本中を笑顔にしたと思う。まおちゃんには、誰の心にも「親心」のようなものを芽生えさせる愛らしさと親しみやすさがある。

でも、心が強い。その心の強さを見たとき、二人が一流のスポーツ選手だということを思い知らされる。頑張れなんて、周りの者だれもが口が裂けてもいえないような二人なのだ。

ご近所物語

ペーターズの展示のさなか、高校時代の友人の結婚式が三重でありました。

このプレゼントされたコラボキットカットを見てもわかるように、非常におもしろくて温かい新郎新婦です。

赤ちゃんのときからの幼なじみという二人。家は超ご近所。高校以外は、大学までみな同じ学校。新婦ひとみちゃんは、高校時代いつも一緒に居て笑かしてもらいました。私がまだ東京に住んでいる時に、わざわざ会いにきてくれて、「しほちゃん、私の結婚式にきてほしい」と言ってくれたひとみちゃん。とにかく家族の話が多い、おばあちゃんもおじいちゃんも同居していて、本当にこんなに仲のよい家族はあまり見た事がありません。

当然、二次会は猛烈な人数の友人が!ビデオレターまで何十人も。なんというか、闇をまったく感じさせない、底抜けに明るい家庭がもう見えています。その土地で生まれて、その土地で生き、その土地で産み、その土地で死ぬ。自分の土地と家族を愛する。地産地消の鏡のような夫婦でした。またたくさん泣いてしまった。

2月のまとめ

この2月は私にとって、最盛期のピンクレディーの半分くらいの忙しさでした。つまり私にとっては、かつてない忙しさでした。三重と東京を4往復しました。スーパーカントリーとスーパーシティの往復の為に、頭の切り替えが困難でしたが、皆様のお力添えにより体重が1キロ減っただけに留まりました。

誕生日とペーターズギャラリーの展示が重なったことにより、奇跡のように多くの皆様からプレゼントをいただきました。ありがとうございました。こんなことはもう一生ない気がするので、ここに再現性の低い絵で記録いたします。デジカメのUSBが見つからず、素敵なプレゼントが意味不明ですいません。大事にします。お菓子はもう食べましたけど、、、。

この貴重な2月を終えまして思う事、それは一体なんでしょう。絵を描くのが好きでよかった、生まれて来てよかったなあと思うような2月でした。それで、毎日頑張るんだ。たくさんの人にもらった言葉を思い出して、私は毎日頑張るんだ。

ペーターズワンデースクール。

16日17日と、ペーターズギャラリーで審査員の方々によるワンデースクールが開催されましたので、またもや山から這い出て来ました。

16日は選んでいただいた宮古美智代さんが講師でした。20人くらいの生徒さんが集まり、一人一人のファイルを宮古さんが丁寧に見て、コメントをくださいました。最初はみんなも宮古さんも、手探りという感じだったのですが、どんどんヒートアップしてきて、時間があっというまに過ぎて行きました。

そして、私のファイルの番になって、宮古さんから言葉をいただきました。これから私はこの言葉を胸に1000年生きていけると思いました。生まれて来てよかったと本気で思いました。分数のテストは全部0点でしたし、自転車も小6まで補助輪付きの人生でしたが、わたしは生まれて来てよかったです。

自分ではない人が、自分が感じているあやふやなものを感情を込めてここまで言葉にしてくれたということが、夢かと思いました。私の海馬録音部門で毎日再生します。ありがとうございます。

17日は鈴木成一さんのスクールでした。こちらも生徒さんのファイルを見ながら鈴木さんがコメントをくださる形式でした。審査員の方々は、全然手を抜かないです。自分がひとりひとりの思いをのせているんだ、と考えてくれている。ものすごく丁寧。鈴木さんは、すごく男気を感じる話し方でかっこよかったです。ざく!ばしっ!どかーん!たまに沈黙。たまに笑う。

またもや、夜行バスで三重に帰る時間となり、泣く泣く途中退場。夜行バスでは、ワンデースクールの事やギャラリーに足を運んでくださった方の顔が走馬灯状態で流れ続け、寝返りを300回くらい打ち続けて、一睡もできず、、、。