
2学期の3年生の課題は「飛び出す絵本をつくろう」ということで、やばいぞ。試作品を作らなきゃ!教えられない、、、。飛び出す絵本は何冊かもってはいるものの、作ろうなんて思った事もなかったワタス。不安爆発で6月くらいから研究を重ねておりました。
「metamorphose(変身)」という、どこかのヴィジュアル系バンドの名前のようなテーマに決めて制作。ありきたりです。はらぺこ青虫のぱっちもんみたいになってしまいました。しかし、私には今まで溜め込んできた色紙やシールやテープやリボンがたわわにありますが中学生なんてそんなの持ってないよね?特に男子なんて絶対持ってないよね。もちろん私のを寄付する形になるのだろうけど、なんかそんなんでいいんだろうか?私の悪い癖ですが、自分の個人財産を公共の場に持って行き過ぎなんです。頭が悪いのです。自分がどうにかすればいいや、となって最終的に落ち込むのです。ビジネス向きではないことは確かです。
中学生がどこまで想像を広げてくれるのか不安です。

女子受けをねらったチョウチョの飛び出すページ。上のくじゃくのページは、装飾過多気味で引き算を知らないページに。でも試作、楽しかった〜。自分が手をつけない分野を否応無しに考える、ということはとても脳みそにいいぞ、と思っています。
2010年9月1日 | diary |
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大学時代の友人、よーこちゃんとみっちゃんと三重県の南部へ一泊旅行。旅のテーマは「20代前半とアラサーの違いを認識する旅〜精神的、肉体的相違〜」でした。
大学時代はいつもこの3人で、学食を食べながらうわさ話をし、おしゃれについて語り、コスメについて語り、恋愛について語り、どちらかというとかなり男っぽい私の「女子」の部分はこの二人からすべて教わった気がします。華奢なネックレスがどうやらかわいいらしいとか、髪の毛をのばしてみようかな、とかこの二人を見て真似をしたりしてきました。
二人はもう結婚して、やっぱり私よりいつも何十歩も先のことで悩んだり、悟ったりしていてまたたくさん色んな事をこの旅で教わったのでした。
そして肝心の20代前半とアラサーとの違いは?肉体的な話でいうと、前は朝までデニーズでしゃべりつづけることができましたが、今回は夜中の2時くらいに体力の限界を感じ眠りについたことでしょうか。あとは貯蓄のシビアな話をしたり、生ゴミにわいた虫の話で青ざめたり、親戚付き合いの難しさについて論じたり、愛する人が突然死んでしまったらどう生きて行くか?など、学生のときには考えたこともなかった話題で盛り上がり、それぞれの10年の時の重みを感じたのでした。

次の日は伊勢神宮へ。赤福氷を食べた事がないというみっちゃんにどうしても食べてほしくて、赤福氷をオーダー!3人でひとつの氷しか食べられないあたりも、アラサーを感じました。冷えは大敵。
3人はそれぞれの悩みや抱負をたくさん話して、またそれぞれの家庭や生活に戻って行きました。もうすぐ夏が終わってしまうんだなあ。よーこちゃんはなんだかさみしくて、帰りの電車で少し泣いたそうな。楽しかったね。
2010年8月29日 | diary |
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とっても見応えがあっておもしろかったです。こういう重たそうなドレスが出てくる映画って大好きです。やっぱり女の愛憎劇っておもしろいんだなあ。豪華な昼ドラみたいでした。どこの国も大奥時代があったんですね。
ナタリー・ポートマンも安達祐実バリに演技が激しくて女優魂をすこぶる感じました。特に震えの演技がマグニチュード8くらいあって迫力がありました。逆にスカーレット・ヨハンソンがねちっこい演技をしているのをあまり観た事が無い。いっつも口を半開きにしてぼけーっとしているイメージです。心ここにあらず顔。でも好きです、手が似てるって言われた事があるからです。私の唯一の自慢、手がスカーレット・ヨハンソンに似ているということ。ちゃんと見た事ないからよく知らないけど。
それにしても、私が世界史の教科書で見たヘンリー八世はだれもが落書きだらけにしたくなるほど、顔がでかくて落書きするスペースがいっぱいあった変なおじさんだった記憶が。エリック・バナとの共通点なんて肩パッドの巨大さくらいではないのだろうか?映画だしそんなもんだろうけど。あんな色魔に兄弟姉妹をめちゃめちゃにされるなんて考えただけで恐ろしい。しかしうちの姉妹ではせいぜい王家のトイレ掃除くらいしかやらせてもらえまいなあ。王族のウンコならよい作物が育つだろうから持って帰って両親を喜ばせよう。ある意味「ぶーリン家」だぞ。
2010年8月26日 | movie |
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東京から自然好きな友人二人が遊びにきました。目指すは経が峰山頂です。
経ヶ峰というのは、津界隈の小中学生なら誰しも一度は登らされたことがある、津市民には親しまれている山です。ほとんどの学校の校歌にも登場します。標高819メートル。私はその経ヶ峰の登山口から目と鼻の先に住んでいるので、小さい頃から気付いたら山頂にたどり着いていた、なんてことも。
この山は、なめてかかると思ったよりキツいので、割といつも緊張して登ります。山道はとてもバラエティに富んでおり、まず清流を眺めながら軽くハイキング感覚で何カ所か橋を渡ると、突如インディジョーンズ級にアドべんちゃらすな崖土山コースが待ち受けています。このあたりでお気に入りの靴や服を履いていた人々は痛い目にあいます。老人は挫折するでしょう。また虫嫌いな人も挫折します。
事実、私達はアブに追い回され叫びながら走り回り、余計な体力を使った挙げ句に持参した水をほとんど飲み干すという無計画をやらかしました。
インディコースを突破すると、今度は木の根っこで出来た見た目だけメルヘンな面倒くさい階段を延々登り、その後木のトンネルを抜けます。この辺りは童話のなかの主人公ちっくですが、顔はネチャネチャで口カラカラです。ファンタジー映画の悪役のような顔になります。恋人と登ってはいけません。本当にもういい加減着いてもいいんじゃないか?というくらいになって、やっと「ようこそ、経が峰山頂へ」という看板が見えて来ます。
頂上は、すごくいいです。達成感でいっぱいになります。爽やかな風が吹き抜け、色鮮やかなチョウチョが何匹も舞っていて、まるでラピュタに辿り着いたような気持ちになります。しかしこの日は薄曇りで湿度が高く、あまり素晴らしい眺望は臨めませんでした。それでもみんなで食べるおそろいのおにぎりは、大変においしく感じられました。

下りは、みんなクーラーの効いた部屋で食べるアイスクリームのことばかり考えて、下り特有の足の震えを隠しもせずに一生懸命下ばかり見てひたすら下りました。下界に近くなってくると、やっとハイな気分になり、猿の鳴きまねなどして盛り上がりました。
たどり着いた後のアイスの美味しかった事!!!でもあと10年は経ヶ峰に登らなくていいや。
2010年8月25日 | diary |
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2009年の11月から読み始めて、2010年8月に読み終わりました。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」全8巻。あ〜〜〜長かった。
電車の中で、おばあちゃんの病室で、トイレの中で、ベッドの上で、あらゆる場所でちまちま読み進めてやっとでした。司馬さんの本はとっかかりが非常に読みづらく、最初は「もう少ししたら道が開ける〜」と思って頑張りました。
これを読んでいる間におばあちゃんが亡くなったり、中学校に勤務するようになったり、自分の現実世界では色々なことが当たり前ですが起こっている訳で、それでもいつもこの本を開くと日露戦争を舞台に別の日本人が色々な目にあっている訳です。私は、時にロシアに悪態をついたり、次の瞬間には降りる駅の確認をしたり、ちょろっと泣いたりなどして、人生はやはり色々あるほうがいいなと思いました。
歴史というものについて「もしもあのとき○○だったら〜」と考える事はあまり意味のないことですが、そう思わざるをえないほど世の中はギャンブルの積み重ねで出来ているのですね。いい加減でおもしろい世界です。
読むものが無くなった〜〜!トイレがつまらなくなる〜。と焦っていたら、なんと友人よーこちゃんの旦那さまから、ピッカピカの「竜馬がゆく」全八巻を「読み終わったからあげるよ」と奇跡的気前の良さでいただいてしまいましたfrom一宮。よーこちゃんの旦那さまは大の歴史好き、普段は無口なのですが、歴史のことになると目も生き生き顔もつやつやしてきて少年のようでした。やったー私のトイレライフがまた輝き始める!ありがとう!

2010年8月22日 | diary |
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山形から富山へ。マス寿司、白エビ、ホタルイカ。忘れちゃいけない黒部峡谷。ということで、強制収容所へ送られる難民のように、朝からトロッコ電車にすし詰め状態で黒部峡谷へ行って参りました。
忘れちゃいけない、とか言っておいて私は全然黒部ダムの事など知りませんでした。水の流れが激しい黒部峡谷から注ぐ水による水害は、長く富山県民にとって脅威でした。大正3年くらいから電力会社が、この険しい山々にダムを造ろうととにかく頑張ったわけです。なんという大雑把で失礼な解説、すいません富山の人々。1時間20分もトロッコに揺られるんですよ?相当険しくて、危険な峡谷ですよ?これを人が造ったという事実がとにかくすごいのです。
知識ゼロで乗り込んだ私は、せいぜい30分くらいだろうとぼんやりしていたら、あまりにも長いので途中から気を失いかけていました。乗客全員が、うきうきして乗り込み、迫り来る大自然にキャーキャー言って大興奮だったのですが、みんな1時間20分というあまりにも長い間ゴトゴトギーギートロッコに揺られるので、だんだん無口になっていき、私の隣のおばさんなどは荷物を全部落として眠りこけていました。「自然を甘く見るんじゃないよ」となぜか私は得意げな眼差しを民衆に向けていました。そういう私が一番帰りたかったです。
すさまじく険しい山々の中に、突然電力会社や温泉街があって、工事のおじさんがあらゆる場所から手を振ってくれます。なんだこりゃ?なんという不思議な光景だ?工事のおじさんも、なんだかテーマパークのキャラクターのように見えて来ます。しかし現実の生活の光景なのです。とにかく不思議な場所です。黒部峡谷。
そんな不思議な富山旅行も終わり、また三重に帰る長いドライブが始まりました。姉が途中で食べたものは、カツ丼、そば、コロッケ、アイスクリームをダブルで、ソフトクリーム、じゃがりこ、柿の種でした。
2010年8月19日 | diary |
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姉が「東北へ行きたい」と言い出してから、母は綿密な東北旅行計画を立て始めました。異なる場所に住み、激務の姉を含めた家族全員で旅行へ行く事など一体何年ぶりのことでしょうか。
仕事に追われて、太ったり痩せたりを繰り返している基本太めの姉の願いを叶えてやりたいと、面倒見のいいカニ座の母はがんばりました。三重から山形までの気が遠くなるようなドライブ中、姉は立ち寄るドライブイン全てで、ご当地グルメを食いあさりました。
山形は蔵王へ到着。ゆでたまご臭が心地よい硫黄温泉の聖地、流れるお湯の色はクリーム色。なんともいえないさびれた感じが素敵な温泉街です。私達が泊まったのは、なんと創業294年という歴史をもつ高見屋という旅館。なんでもお湯自体は平安時代から湧き出ているらしい。すげー!
硫黄は金属をダメにするらしく、高見屋さんの水道の蛇口は全部まっくろけ。垢ではなく、もはやすべてが味であり風情。老舗の力おそるべし。従業員の方たちは住み込みで働いているらしく、さっき着物で挨拶していた仲居さんとすっぱだかで風呂場で出会うというトキメキ付き。
食事は地元山形の山の幸がふんだんで、芋煮や「もってのほか」という名前の菊の料理、キノコ、山菜などがとてもおいしかったです。
色々山形を散策するはずが、長時間ドライブで疲れきって、みんな歯ぎしりといびきと寝言の大合唱。
次の日は、富山へGO!!!
2010年8月19日 | diary |
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よーこちゃんちにお泊まり計画二日目。2006年からずーーーーっと行きたいと思っていた「メイとサツキの家」に朝から行って来ました。
「メイとサツキの家」は「愛・地球博」のときに建てられた万博記念公園の敷地内にあります。「となりのトトロ」に出てくる草壁一家の家をそのまま再現してあるおうちです。これが相当すごくて、なんと観覧者は家の中に入って、自由に押し入れの中や引き出しのなかを開けて、中のものを触ってもいい事になっているのです。しかも、映画の時代設定が昭和30年代なのですが、その当時のものを全国から探し歩いて、鉛筆一本、本の一冊一冊、服や缶詰に至るまですべてのものが当時のものなのです。中には大変貴重なものももちろんあるので、丁寧に扱わなければいけないのは当然なのですが、それにしても博物館のものを全部さわれるような感覚でとてもおもしろいのです。
万博当時は、予約がいっぱいで到底観れそうになかったので、「いつか絶対いくんだ」と願っていた事が実現している喜びでいっぱいでした。他の観覧者の人たちも、共通点はただひとつ「ジブリが好き」っていう人々が集まって、集団で引き出しを開けたり、戸棚を開けたり、押し入れをのぞいたりしているので、ちょっとした窃盗団のようなのですが、みんなワクワクしてすごく嬉しそうでした。
家自体は、思っていたより小さい印象で「このお風呂には3人入るのは無理だろう?」とかつっこみどころもあるのですが、まあいいんです。楽しけりゃ。
2010年8月12日 | diary |
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10年来のお友達よーこちゃんちへ一泊旅行。よーこちゃんは新婚さんで愛知県は一宮に住んでおります。そんな新婚さんの愛の城へ、ホビット族のような私がお邪魔して来ました。
おみやげは何がいいかと尋ねると「赤福」とな。私自身も赤福は大好きですが、他県の方にも赤福は大人気。特によーこちゃんは幼少の頃より家族全員で愛好しておるそうな。私もこのやわらけー餅をたいそう誇りにしております。AKAFUKU IS MY PRIDE。
しかしなんだかこれって、お泊まりという大イベントにしては地味な手みやげだなあと感じ、プラスアルファでばあちゃんちの畑で鬼のように採れるカボチャを持って行く事にしました。よーこちゃんはカボチャが大好きなのでこりゃあ喜ぶ顔が見れるだろうと思っていざかついで家をでました、、、が。このカボチャ、相当デカイので、3歳児くらい重さがあるように私は感じました。
パンパンリュックを背負い、カボチャをさげ、手には傘、足下はぞうり、なあに?この戦後の混乱期の闇市帰りのような感じは、、、。と思いながら着いた頃にはカボチャをいれた袋がずたぼろ、旅の過酷さを物語っていました。
そのかいあって、たいそうカボチャを喜んでくれて、しばしオブジェのような扱いをしてくれました。新婚さんらしい、可愛らしいインテリアでまとめてあって私はお皿一枚、タオル一枚にも興味津々でした。ただインテリアの事でだいぶもめたらしいのでよーこちゃんは「茶色の家具ばっかりでそろえてしもうて、まるで洞窟やろ?」と悪態ついておりましたが、そんなことはなく、おしゃれで居心地の良い空間でした。
夜はよーこちゃんとよーこちゃんの旦那さんと手羽先のお店で愉快な夜を過ごしました。話の内容は主に「うんこをもらしたことがあるか?」とかそういうしょーもなくて楽しい話でした。笑い過ぎて机を壊すかと思いました。
2010年8月12日 | diary |
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4日から6日まで、近くの村の集会所で夏休みの図工教室を開いていました。地元の1年生から6年生までの20人にポップアップカード作りを教えました。
いつもは中学生に美術を教えていましたが、小学生は初めて。最初教室ににぎやかに子ども達が入って来たときは、あまりの小ささにびっくらしました。全員私より小さい!!それと同時に、汗で髪の毛が顔にはりついたまま、鼻歌を歌ったりしている子どもがかわいすぎて、授業うんぬんよりとにかく子どもと過ごすのがおもしろかったです。
ただ、年齢の違う子どもに一律に図工を教えるというのは思ったよりも難しく、けたたましく私の助けを求める声に目が回りそうでした。「もう10分もまってるのに〜〜〜!!」など、苦情の嵐のなか「先生の体は一つです〜〜!」とか「10数えておいて〜」とか適当な言い訳を叫びながら顔テッカテカで走り回りました。
ところが途中から5年生の女の子から「高学年と低学年をペアにしたら、高学年が低学年を助けてくれるんじゃないの?」というアダルトな意見をいただき、実践したところ、みんなすこぶるお利口さんに作業に熱中しているじゃありませんか!!!アンビリーバブル!素晴らしい。しかも今まで騒いでいた5年生の男の子が、1年生を教える事によってお兄さんらしさを保とうと、真剣な表情で私の話を聞いている。子どもってやり方次第なのね。勉強になりました。
3日目の最後の挨拶のあと、影で色々助けてくれたそのアダルト5年生の女の子が帰る直前に「3日間ありがとうございました。」といってこのカードを渡してくれました。嬉しい。嬉しかったです。しかも教えていないタイプの飛び出すカードじゃないか。すんげー理解力。来年もまた会えるといいなあ。
あ、「ゴミを10個、誰が一番最初に拾えるかな〜!!」という台詞は、非常に有効だと思いました。競争心って大事。
2010年8月7日 | diary |
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